2020年11月13日金曜日

”町化”による農村経済の改革と食糧事情




はじめに

 中国農村部では土地などの不動産に関する財産権が長らく認められてきませんでした。これに対して都市部の家族には住宅民営化以降の2003年頃から完全な形の財産権が付与されてきました。つまり都市部の家族は自分達の住宅や土地を時機を見て市場価格で売却し、大きな利益を得ることが出来ますが、一方の農村地帯の家族は彼らの土地を使用する権利はあってもそれを市場価格で不動産開発業者に売却するなどと言う事は出来ないのです。その代わりに彼ら農夫達は近郊の都市政府によって彼らの土地を不当に安く買い上げられてしまう事が多かったのです。近年、農村と都市部でのこうした財産権の違いはそれらの間での富や収入の格差を助長する物として中国政府にも問題視される様になりました。
 そこで中国政府は農村経済を都市的な不動産事業などと言う不健全な方法で活性化するのではなく、農地の集団所有を古来から続いているものとして神聖視し、耕作地総面積をある一定以上に保つ事を前提に農村古来の農業を大事にしながら徐々に改革していこうとしてきました。その改革手法としては主に三つあります。一つ目は政府への農地登録件数を増加させることにより多くの農夫たちが彼らの農地を比較的自由に使える様にする事です。二つ目は個々の農夫から土地使用権を買い上げ、農業を一つの巨大な事業に統合し、これによって可能になる機械化された大規模農業を農夫からの出資によって作られた株式会社によって経営する事です。そして三つめの改革は農村の広域に散らばった小さな村々を高密度な町として統合し、それによって農地面積を増加させ、農業効率を上げる、いわゆる“町化”です。
 今回はこの内三つ目の“町化”に焦点を当て、農村経済の改革の様子を解説して行きます。またその後で中国の食糧事情と世界の農業事情の関係などについても解説します。

農村経済の改革の一つ“町化”のプロセス

 都市部との間の格差が問題視されてきた中国の農村経済を改革する為に、現在農村では、“町化”と言う改革が行われています。町化とは、農村部に広く散らばった村々を元の立地からある特定の場所に移動させ集合させる事により、より高密度な町に統合する作業の事です。ちなみにこの"町化"とは英語の"townization"を日本語に訳したものです。都市化(urbanization)と対比される意味の言葉ですね。中国の都市で起きるのがurbanization、農村で起きるのがtownizationである、と覚えておきましょう。
 このプロセスでは、元の村は取り壊され、その土地は耕作用地に戻されます。そして重要なのが、このプロセスを経て新たに出来る町と言うのは元の散らばっていた村々の占めていた総面積よりも遥かに狭い面積しか占有しないので、結果として使用されない土地が耕作用地として大量に発生し、耕作地の総量を増加させることが出来るという事です。

町化の後の農夫達の進路

 こうした村々の圧縮プロセスである“町化”の後、農夫達はどの様な生活を送る事になるのでしょうか?
 勿論、彼らは農地の使用権を相変わらず保持し、もし彼らが望むのであれば、農地を耕作し、農業を続ける事も出来ます。しかし恐らく、大半の農夫は町化の後、自分達の農地の使用権を別の農夫や農業事業者に移管し、それによる収益を持って農業から離れ、都市部のより高収入の職業で働き始める事に決めるでしょう。つまりこの政策によって農村の民が徐々に都市化に参入するようになるのです。
 しかしこれによって農地が失われるのではなく、逆に農地の供給量を維持、或いはさらに増加させる事になると言う点が町化の素晴らしい所なのです。
 農夫の数が減少する一方で先述したように農地面積は増える事になるのですから、農夫一人当たりの耕作面積は増加し、従ってより大規模で高効率の農業が生まれる事になる、と考えられる訳です。そして一方の農業をやめた人々は都市に行ってより生産性の高い高度な職業に就くことが出来るのですから、中国経済にとってこれは大きな躍進に繋がると期待されています。

中国は自身を養っていけるか?

 これまで中国の農村経済を改革によって如何に改善するかについて述べてきました。ここで農村経済についての最終的な疑問に焦点を当ててみたいと思います。農村の仕事と言うのは農業を通じて食料を国内、或いは海外に供給する事ですが、その供給量は果たして中国を養って行くのに十分なのか、という事です。或いは自国で賄わなくても、海外から輸入した食料で中国を養おうとした場合、世界の食糧事情に影響はないかという事なのです。
 この疑問は中国だけでなく、その他の全世界の国々にとっても非常に意味深いものです。何故ならもし中国の14億人の人口を養う為に中国が大規模な食料輸入を始める事になれば、供給量のかなりの部分を中国に吸い取られた世界の食料価格への影響は非常に大きいと考えられるからです。

中国の旺盛な食欲と世界の食料価格、耕作地面積の関係

 中国の食欲(食料需要)は旺盛です。もし中国が食料を自給する事を怠り、外国からの輸入に頼る様になれば、それによって世界の食料価格は高騰する事になると考えられます。また同時に、そうした中国の圧倒的な食料需要によって、世界の少ない耕作地供給が圧迫され、さらに多くの農地を開発によって作り出さなければ農産物の生産が追い付かなくなる可能性があります。
 この悪夢が現実になるかどうかは、人口14億人と言う規模の大国である中国農村の農産物の生産性によって左右されるでしょう。もし中国が農産物の生産を怠れば、世界中で食料供給が滞り、食料価格が上昇しかねないのです。だから中国農村部の農業事情が我々日本人も含めた外国人にとっても非常に大事な問題なのです。

まとめ

 中国の農村経済の改革政策として“町化”のプロセスを見てきました。町化では農村に分散した小さな村々を圧縮してより高密度な町に統合し、それによって多量に出来る不要になった土地が農地として復活する事で、農業の一層の効率化が行われることが期待されています。この町化によって、多くの農夫達は農業を止め、都市へ出て行きそこでより生産性の高い比較的高賃金の職業に就く様になると見込まれています。しかしその一方で農地面積は増えるので、今後中国の農業が機械などを導入した大規模農業へシフトして行けば農夫人口が減ったとしても農産物の自給率には悪影響はない様です。
 また、懸念されている中国の食糧事情ですが、中国がその人口を養う為にもし大規模に食料を輸入する事になれば、世界的な食料価格への影響は大きくなると予想されています。中国の巨大な食糧需要によって世界の食料価格が高騰したり、或いは耕作地面積が足りなくなってしまう事態が引き起こされかねないのです。そしてそうした事が起こらないようにするためにも、中国農村部の農業を大事にし、食料自給率を維持、向上していくことが不可欠なのです。






2020年11月11日水曜日

高速鉄道建設ラッシュに見る中国のインフラ建設の正当性




はじめに

 中国では1998年の住宅民営化以降、住宅建設と並行してインフラ建設も急ピッチで進められました。1997年に起きたアジア通貨危機に対する財政刺激策として中国政府が特別債の発行を通してインフラへの投資を推進したのです。
 それ以降、港や発電所、インターネット網、高速旅客鉄道などが次々に建設されました。こうしたインフラ建設によって物流は効率化され、中国経済の成長は一層加速する事になります。
 しかしこうした膨大なインフラ建設劇は純粋に需要だけに応えたものではありませんでした。実際には金融機関の非常に低い利息率や地価の急激な上昇などが中央政府からの政策的圧力を感じていた地方政府にインフラ建設をより容易に、そして向こう見ずに行わせていたのです。また中国の管理階層に属する地方政府の役人たちの出世欲もインフラ建設を過剰に加速させた要因の一つでした。
 その結果、中国では本当に必要かどうか疑わしい様な途方もない規模でインフラが建設されてきました。では中国のインフラ建設に無駄があるかと言うと、そうとも言い切れないのです。何故なら中国にはアメリカ合衆国と同じ位の国土、14億という人口、年10%と言うとてつもない経済成長率がある事を考慮しなければならないからです。この年率10%というのは7年ごとに経済規模が2倍に膨らむという事ですから、インフラもそれに合わせて加速度的勢いで建設する必要があるのです。
 今回は外国から見て中国のインフラ建設が一見過剰で向こう見ずに思えても、実際にはそれは中国国内の需要に応じた正当なものであるという事を、高速鉄道建設を例にとって解説して行きます。

中国における高速鉄道建設が批判される理由

 中国という国の規模や経済成長のスピードなどを考慮すれば、いくら外国から「向こう見ず」「無駄」と批判されようがとりあえずインフラを建設して、後で疑問を提示する方が理にかなっているかもしれないのです。中国では7年ごとに経済規模が2倍に膨らんで来たのですから、きちんと稼働しそうなものであれば、発電所であれインターネット網であれ、取り敢えず建てるべき、という事です。もし妥協してこの建設速度を緩めれば、十分豊かであるにもかかわらず近代的なインフラ設備を利用できないという層の人々が国内に大量に発生してしまうという危険もあります。
 中国はインフラであれば何にでも軽率に投資をしている様に見えるかもしれませんが、それは飽くまでも外国から中国を見た時の印象に過ぎません。中国ではインフラへの投資を決定する理由はそんなに単純ではありません。利益になるという事以外に動機があるという事です。だからインフラ建設の必要性について中国以外の先進国と中国とを単純に比較する事は出来ないのです。この事は中国における高速鉄道網建設計画の例に顕著に表れているのでこれついて以下で解説しましょう。
 この高速鉄道網建設計画はしばしば国内外から批判されていました。その批判理由にはいくつかありますが、一つ目の理由は、中国はまだ高速鉄道の様な贅沢品を備え付ける事が必要な程、経済的に成熟し切っていないと言うものです。そして二つ目に、高速鉄道の建設はあまりにも高額であり、実際に運用されても採算が取れる見込みがなく、また建設ペースについてもあまりに速く向こう見ずである、と言った理由があります。これらの批判の正当性について以下で検証していきます。

高速鉄道は中国にとってまだ不必要な贅沢品か?

 まず中国の高速鉄道建設を批判する理由の一つ目、中国は高速鉄道の様な贅沢品が必要な程発展していない、と言う主張について考えてみましょう。確かにアメリカ合衆国や日本、イギリスなどの先進国から見れば、比較的最近経済成長を遂げた中国をこのようにまだ未熟な国と見なすことが出来るかもしれません。
 しかしそれはお高くとまった実にナンセンスな視点と言えるでしょう。日本を考えてみてください。日本は1964年、東京オリンピックが開催された年に史上初の新幹線を開通しましたが、この時の一人当たりのGDPは2007年の中国におけるものと同じでした。そしてこの際、この新幹線の運用開始は国内外で大いに称賛されたのです。何故2000年代になって中国が高速鉄道を敷く事を批判されなければならないのでしょうか?その理由などどこにも見当たらないのです。この事を考えれば、この高速鉄道は単に贅沢品というよりは、非常に実用的なインフラとして富裕層のみならずより一般の人々にも活用され、中国国内の人と物の移動をより効率化することが出来るはずなのです。

高速鉄道は高価すぎるか?

 中国の高速鉄道に対する批判のもう一つの理由、この高速鉄道はあまりにも高価である、と言う主張はどうでしょうか?ちなみに、これは主に中国国内の批評家によって主張されている事です。
 これはある程度合理的な異議に聞こえます。中国国内を網羅すべく、鉄道の建設規模が必然的に大きくなる為、採算が取れなければ大変な損失になるからです。しかしこの批判についてもきちんと反証することが出来ます。確かに高速鉄道は労働力や地価が高い日本などの裕福な先進国では建設するのに非常に大きなコストがかかるでしょう。これは周知の事実です。
 しかし中国の場合はどうでしょうか?中国では都市部はともかく、地方ではまだまだ地価や労働力は安く、また建設資材も低価格で手に入ります。そのため鉄道の路線1キロ当たりの建設費用も裕福な先進国の場合に比べてかなり安くすることが出来ます。だから中国国内で高速鉄道建設が高価になる、と言う心配は実際にはそれほど無いのです。

高速鉄道を建設する重要な理由:旧設備の稼働率の異様な高さ

 中国が高速鉄道を建設しようとしている重要な理由に、旧来の鉄道網の設備稼働率(一本の列車で一日当たりどれだけの量の人や物を運ぶかを数値化したもの)の異常な高さがあります。アメリカ合衆国やEU、日本などの主要国の設備稼働率の何倍も高いのです。簡単に言えば中国では古い既存の鉄道網が人や物で溢れかえっており、それが片時も休む事無く運行しているのです。例えば2008年に中国は世界の鉄道路線の総距離の6%しか持っていませんでしたが、輸送量で言えば、全世界の鉄道交通量(ton)のおよそ25%もを輸送していたのです。
 こうしたデータを見れば、中国は高速鉄道の導入によって人と物の輸送を効率化し、こうした容量オーバーの状態から抜け出さなければならないと言う事が理解出来ると思います。だから中国の高速鉄道建設は十分に正当なものなのです。

まとめ

 中国の1997年以降の一見過剰とも言える大規模なインフラ建設の正当性を、高速鉄道建設を例にとって見てきました。
 中国の高速鉄道は、まだ発展しきっていない中国には贅沢品であるとか、あまりにも高価であるなどの理由で批判されてきました。
 前者の批判については日本の例によって反証できます。日本は一人当たりのGDPが2007年の中国と同じであった1964年に新幹線を開通していたのです。これを考えれば中国が2003年に高速鉄道の建設に着手した事は決して早すぎる事では無かったのです。
 また、高速鉄道は高価すぎる、と言う後者の批判については、中国の地方の安い土地、労働力、建設資材を用いてこれを建設する事を考慮すれば反証出来ます。高速鉄道建設が高価になるのは日本の様な裕福な先進国においての場合なのです。
 また、中国が高速鉄道を何とかして完成させなければならない理由として、既存の鉄道の稼働率が他の先進国と比べて何倍も高く、列車が人や物で溢れかえっていると言う実態がありました。高速鉄道導入によって人と物の移動を効率化し、この容量オーバーの状態を改善しなければならなかったのです。






2020年11月7日土曜日

中国農村部における機械化された大規模農業への移行




はじめに

 中国農村部では農地などの不動産を自由に売却・購入する権利が長らく認められてきませんでした。そしてこの事が都市と農村の間の収入・富の格差の原因となってきました。何故なら農地として土地を使用する権利以外に財産権を持っていない農夫達は都市部の家族の様に利益目的で自分達の土地や住宅を不動産開発業者に自由に売却する事は出来ないからです。その代わりに彼らは近郊の都市政府によって開発目的で安価でかつ大量に農地を買い上げられてしまいます。結局得をするのは都市部の人間だけという事です。
 こうした都市と農村の不動産権における格差を問題視するようになった中国政府は、農地を集団所有する事と農地の総面積をある一定以上に保つ事を大前提にして農村地帯の経済を向こう見ずな不動産業などによってではなく、農村本来の生活様式を大事にした健全な方法によって改革しようとしてきました。
 この改革には大きく分けて三つの種類がありました。一つ目は田園地帯における農夫達の土地をより多く政府に登録する事で彼らに認められている土地の権利、即ち土地を使用する権利を購入・売却し、さらに抵当に入れる権利、を強化する事でした。そして二つ目の改革は農村に機械化された大規模農業を導入する事、さらに三つ目は経済基盤の弱い小さな村々を統合し、まとまりのあるきちんとした町に整備する事でした。
 今回はこの内、二つ目の大規模農業による田園地帯経済の改革に焦点を当てて解説していきます。

大規模農業が拒まれる時代の終焉

 早く大規模農業を導入すればそれだけ早く農村経済も改善する様に思えるかもしれません。しかし実際には機械化された大規模農業は1978年以降の改革開放期において中国政府から拒まれ続けてきました。なぜなら中国古来の家族農業と言う小規模な農業形態が農村地帯における社会的セーフティーネットの役割を担うと考えられてきたからです。もし農村出身のある家族が事業に失敗して落ちぶれたり、あるいはその家族の構成員の一人が移住先の都市の職業から解雇されて、他に仕事を見つける事も出来ない時、彼らが帰る場所が農村における家族農業だったのです。そこに戻って来さえすれば、住居と生活維持に必要な食料などの最低限のものは保障されていたのです。
 この様に家族農業は小規模であるが故に基本的な生活の保障が可能だったのです。これが大規模化され、農業従事者が全て被雇用者とみなされる様になってしまえば、それはもはや熾烈な競争にさらされる民間企業と同じですから、逆にこういったいざと言う時の“戻る場所”では無くなってしまいます。中国ではこうした理由で小規模な家族農業が農夫自身の為に大事にされて来たのです。
 ところが、近年は農村から都市への恒久的な移住者が増加し、都市で確固たる生活基盤を築く農村出身者が多くなりました。特に2003年からの胡錦濤(こきんとう)政権時代に農村での年金や健康保険、そして最低限所得保障(ベーシックインカム)の拡充が行われ、旧来の家族農業に代わって今度はこれらが社会的セーフティーネットを担う様になり、ケガや病気が原因で失業した場合にもそれが農夫にとって致命的になる事態は避ける事が出来る様になりました。
 近年のこうした背景から家族農業に機械を導入して大規模化する事に対する政治的な抵抗も自然と解消されてきたのです。
第二の改革:企業的農業の立ち上げ

 中国中央政府の農業部は今では機械化された大規模農業への移行を大いに奨励しています。そしてこうした背景が農村地帯の農業を今までの家族を養う為の小規模なものから利益を優先する市場向きの大規模なものへ作り変える原動力になっているのです。
 具体的にどのようにして作り変えるかと言うと、個々の農夫から多量の農業用小区画の使用権を買い上げ、それらを単一の事業に統合し、企業的農業を立ち上げると言う手法によって可能になります。農夫達も農地そのものではなく、その使用権であれば自由に売却する事が出来るので、その事をうまく利用して大量の使用可能な農地を集めることが出来るのです。実際に中国のいくつかの場所ではこうして生まれた企業的農業が実施されています。

共同組織と株式会社による大規模農業の運営

 中国は昔から農地を個人ではなく集団で所有すると言う習慣を決して侵してはいけないものとして神聖視してきました。そしてそれは農業の機械化・大規模化が奨励されている現在でもほとんど変わりません。
 中国政府としては農夫達が共同組織を作り、その下で彼らの農地が共同管理される事を強く望んでいます。いずれはこの共同組織によって立ち上げられた株式会社に各農夫が自分達の農地を財産として投資し、それと引き換えにその農地の価値に基づく株式を会社が彼らに発行すると言う運営形態が取られる事になるでしょう。
 また、農業がこの様に大規模化されたとしても、農夫達の生活様式がコンクリートづくめの都会的なものに変貌してしまう訳ではありません。農夫達はこの共同組織の中に留まれば、それまで通りの穏やかな農家的暮らしを保持することが出来ます。それが意にそぐわないならば、彼らの持ち株を売却し、都市へ出ていくなど、他の生き方に移行する事も可能なのです。
第三の改革:町化(townization)

 ここまで中国政府による農村地帯経済の改善の為の二つの改革(農夫の既存の土地権の強化と機械化による農業の大規模化)がどの様なものかについて解説してきました。
 では、それらに加えて重要とされている三つ目の改革とは何でしょうか?それは農村地帯に散在した経済基盤の脆弱な小さな村々を統合し、より人口が密で安定した経済を持つ町を作る政策です。これを英語ではtownizationなどと呼んだりします。こうした村の集積化により不要になった土地が出来、それによって農地面積が増えるので、結果として農村の人々がより効率的に農業に従事しながら生きていくことが出来る様になります。これについては次回により詳しく解説しましょう。

まとめ

 中国の農村地帯経済を改善する為の三つの改革について、二つ目の改革(農業の大規模化)に重点を置いて解説しました。
 第一の改革は農夫達の土地をより多く村の役所に登録し、彼らの農地の使用権をより自由に売買したり抵当に入れたりする機会を増やす事でした。
 そして第二の改革が機械化による農業の大規模化でした。つい最近までは社会的セーフティーネットの一つである中国古来の家族農業という形態を破壊してしまうと言う理由でこの大規模化は政府から拒まれてきましたが、近年になって農村からの恒久的な都市移住者が増加し、特に2003年以降、農村地帯における年金制度や健康保険、最低限所得保障などの導入が新たなセーフティーネットとしてこれに置き換わった事で、大規模農業化への活路を開くことが可能になりました。
 そして大規模農業は個々の農夫の農業用小区画の使用権を多量に買い上げ、それを元手として農夫による共同組織と株式会社を作り、その代わりに農夫達に株式を発行すると言う運営形態を取る事になりそうです。
 そして第三の改革は散在した村々を統合し、より経済的に密集した町を作る事により、農地面積を増やし農業効率を上げると言うものでした。






2020年11月4日水曜日

インフラ建設ラッシュは無駄を生んだか?




はじめに

 1998年からの中国都市部の住宅民営化と2003年からの財産権の付与により、都市家族は自由に住宅を購入したり売却したり出来る様になります。特に自由市場価格で住宅を売却する事は彼ら都市家族に莫大な利益をもたらしたのです。こうした経済的背景から住宅への需要が生じ、住宅の建設ブームを巻き起こしました。
 そして同時期に住宅建設と共に急激に進んだのがインフラ建設でした。1997年に起きたアジア通貨危機に対応するための財政刺激策として、中国政府がインフラへの支出を加速させたのです。1997年から2014年までに急速かつ大規模に建設が進められたインフラには国営高速道路、港、発電所、インターネット網、高速旅客鉄道などがありました。これによって物流が大規模化・効率化され、中国経済も急速に成長していく事になります。またこれに伴い中国市民の生活は急激に便利になって行きました。
 しかし、このインフラ建設ラッシュ劇の動機には純粋な需要以外の部分もありました。例えば地方政府は当時の極めて低い利息率や急激に上昇する地価などを利用して容易にインフラ投資が出来たのです。また多くの地方政府の役人達は不必要なインフラを敢えて大量に建て、それによってその地方都市の管理階層における地位を無理やり高め、それに属する自分達の出世に繋げようとしていた事も動機の一つです。
 今回はこの大規模かつ急速なインフラ建設劇の中で中国が本当に必要なインフラをどれだけ建てる事が出来ていたのかを見ていきます。

熱狂的なインフラ建設に対する非難

 冒頭でもお話しした様に、中国の近年のインフラ建設ラッシュには地方政府に勤める役人たちの出世欲や利権などが絡んでおり、建設されたインフラ全てが中国市民の需要だけに応えたものであるとは言えない部分が結構あります。
 では中国で1998年以降建設されてきたインフラの内、一体どれだけが有用で、どれだけが無駄なのでしょうか?
 実際にはこの20年で導入されたインフラの多くは役に立っているし利益もきちんと生んでいます。しかし、中国の熱狂的なインフラ建設は、その規模が余りにも大きく、必要量であるとはとても信じられない為、しばしば非難の対象となってきました。

インフラ建設過剰であると非難する前に考慮すべき事

 中国のインフラ建設を過剰であるとか無駄であるとか非難する前に考慮しなければならない中国特有の背景があります。それは即ち中国と言う国の規模です。中国の国土の広さはアラスカも含めたアメリカ合衆国と同じ位であり、正に大陸規模の国です。そして人口はアメリカ合衆国の実に4倍以上を抱えています。だから、一見中国のインフラの量が過剰に見えても、人口一人当たりの基準でそれを見れば、無駄や浪費があるとは一概には言えないのです。
 例えばインフラの一種であるインターネット網について言えば、中国のインターネット利用者数は2014年時点で6億5,000万人に達しており、現在も拡大し続けています。アメリカ合衆国と同じくらいの広さの国に、その人口の2倍程のインターネット利用者がいるのですから、建設規模が大きくなるのは当然です。また人口密度が高ければ消費電力もそれだけ必要になりますから、それを賄う為には発電所をあちらこちらに建設しなければなりません。そして膨大な生産性を持つ中国国内の工場や農場から出荷される製品や農産物の輸送、輸出には道路や鉄道、港も必要になります。こうして考えると日本やアメリカに住んでいる人から見て建設過剰であっても、実際に中国の人口規模・経済規模から見るとそれは必要量なのかもしれないという事が分かります。

中国以外の先進国の常識

 中国のインフラ建設への投資はあまりにも軽はずみに行われている様に見えるかもしれません。
 しかしそれはアメリカやイギリス、日本などの裕福ないわゆる通常の先進国から見た場合の意見です。逆にこれらの国々の特徴とは何でしょうか?まず一つ目に中国とは違いゆっくりとした成長率で発展してきた国という事が言えます。二つ目にそれらの国々の主要となっている産業は三次産業であるサービス業であるという事があります。さらに三つ目に、これらの国々ではインフラが建設されたのが随分昔であり、今となってはインフラなどあって当たり前であると思われているという事も言えます。
 中国の場合これらはどれも当てはまらないのです。中国では経済成長が前例のないほど急速であり、主要な産業は農業や製造業、建設業などを主とした一次・二次産業です。そして中国ではインフラはまだ若く、本格的に建設が始まって20年程しか経っていません。

中国の経済成長速度と必要なインフラの容量

 中国のインフラ建設の熱狂を理解する為には先進国の常識では考えにくい規模とスピードで中国が発展してきた事をまず知らなければなりません。
 中国の過去30年間の経済成長率はその殆どの期間で年平均10%でした。これは7年毎にその国の経済規模が2倍になる事を意味します。経済成長率以外の条件が私達の国と同じであると仮定すれば、単純に考えて、中国ではこの30年間、7年毎に必要なインフラの容量が2倍に膨らんできたという事です。改革開放が始まった1978年のインフラ容量を1とすると、7年後には2、14年後には4、21年後には8、28年後には16の容量のインフラが必要になります。この凄まじい需要の拡大の仕方を見れば、例え信じられない程にインフラ建設の規模が大きくても、それが必要量であるという事が何となく想像できます。

まとめ

 建設過剰と言われる中国のインフラが、実際どの位需要に則した無駄のない物であるかを見てきました。
 まず結論として、この20年で建てられた中国のインフラはその殆どがきちんと機能しており、利益も出していました。従って無駄はそれ程ない様です。
 これを“過剰”や“無駄”と言ってしまう前にまず考えないといけない事は、中国の広大な国土や14億人と言う人口規模、年10%と言う経済成長速度、そしてまだ主要な産業が1次産業、2次産業である経済であるという事、さらにインフラがまだ当たり前ではない地域が国内にあるという事でした。
 こうした条件下では、7年毎に必要なインフラ容量が2倍に膨らむ為、こうした需要に応じる為には一見過剰ともいえる規模のインフラ建設が必要である事が分かりました。






はじめに 1.古い旅客鉄道網の閉鎖 2.儲かる路線と儲からない路線 3.高速旅客鉄道建設に渦巻く汚職 4.中国のインフラ建設汚職は如何にして防ぐ事が出来たか まとめ はじめに  中国のインフラ建設はアジア通貨危機が起きた1997年以降、加速度的に進められてきました。金融危機に対す...