はじめに
中国では1978年末の改革開放以降も農村と都市の間の富と収入の格差が問題になってきました。 それを是正する為に例えば1980年代に中国政府は農村における人民公社を解体して農地を農夫に返還したり、農産物の買い上げ価格を引き上げたりしました。
しかしこうした農村ひいきは長くは続かず、都市部の不満が爆発して引き起こされた1989年初夏の天安門事件以降の1990年代には再び都市に重点を据えた改革が行われました。
そして2000年代になると胡錦濤政権が健康保険や年金などの制度を農村にも導入する事で再び農村の生活を改善しようと尽力しました。
この様に農村と都市との格差を狭める為の政策がなされてきましたが、未だにその富と収入には大きな格差が残っています。その原因となっているのが農村と都市における土地などの不動産に関する権利の違い、即ち財産権の違いです。農夫達は自分達の土地を市場価格で売る事は出来ず、せいぜいその土地を他の農夫にまた貸しすることぐらいしか出来ません。一方の恵まれた都市家族は自由に自分達の住宅を売買し、その収益を享受する事ができるのです。
今回は農村と都市におけるこうした財産権の違いがどの様に富や収入の格差に繋がっていったか、またこの財産権の違いを是正する為に今何がなされているかを見て行きます。
この時期、都市戸籍を持つ都市家族は以前国によって所有されていた住宅物件を彼らの所属する労働単位から市場価格よりもはるかに低い格安価格で購入する事を許可されていました。都市家族は市場価格ではなく、政府設定のいわゆる”内部価格”で自分達用の住宅を購入できたという事です。そしてさらに、彼ら都市家族はそうした低価格で購入した住宅を後に市場価格(都市化と人口流入が進むにつれて上昇する都市部の住宅価格)で転売する事が許されていたのです。
都市家族はこれによって莫大な利益を得る事ができました。また、この様な資本利得に対する税金と言うのは中国にはありませんから、こうした住宅売買によって得られた収益と言うのは100%彼らの利益にする事ができたのです。住宅民営化に際して得られた、正に棚ぼた的な収益だったのです。住宅民営化計画によって得られた巨額の資本利得
住宅民営化の際にこうして不動産売買によって都市家族達が得た利益の総額は4兆5,000億人民元(日本円にしておよそ70兆円)でした。 一方の農村ではこれとは逆に、農夫達は自分達の土地を不当に安い価格で地方政府に買い上げられ、大きな損失を被っていました。都市家族が享受したこの4兆5,000億人民元という額は、1990年から2010年の間に農村の農夫達がこうした地方政府による土地収用のせいで受けた巨大な損失のおよそ二倍以上の額に相当します。農村と都市における財産権の不平等
以上のことからも、農村居住者と都市居住者では、その財産権に正反対の違いがあることが分かります。 つまり、農夫達は彼らの土地を実際の価値よりも遥かに低い価格で売るように地方政府から強制されてきたのです。その一方で都市で暮らす人々の中でも特に恵まれている層(都市戸籍を持ち、同時に都市部の国有住宅に住んでいた人々)は、実際の価値よりも安い価格で不動産を買い、それを後に市場価格で転売する事で生じる収益を全て自分達の懐に入れる事が出来たのです。
この様に、農夫は土地を安く買われ、都市家族は住宅を安く買い、後にこれを高く買われていたのです。農村と都市で財産権の扱いが全くの間逆である事がわかります。
財産権におけるこうした不公平は都市部と農村部の間の富と収入の巨大な格差の唯一でかつ最も大きな原因であると考えられています。農村の土地権を改善する意思は中国政府にあるか?
富と収入の不平等を生んでいる農村部のこの財産権ですが、改善される見込みはあるのでしょうか? 改革解放直後の1980年代などは土地を耕作する数年間の権利ですら安定したものではありませんでしたが、その後1990年代になって土地使用権(農地を耕作する権利)の期間が30年に延長されたり、また2004年になって村当局が勝手に農夫から土地を取り上げて配置転換する事は禁止される様になりました。こうして徐々に農夫達の土地の権利も国に認められて来てはいるのです。
それでもまだ自由市場の価格に基づく自由な不動産売買という権利が農夫には与えられていません。
こうした農村と都市の財産権の不平等を長らく認識してきた中国の学者達からの助言もあり、中国政府はこの不平等を正す為の改革に着手し始めました。
中国政府も、過去10年間の乱雑な都市化を振り返り、今後はもっと秩序的に都市化を進めなければならないという事に気付き始めています。また都市政府が単に農村部の農地を異様に安く買い上げ、不動産開発業者に高値で売り払う事で資金を得て来た過去を踏まえ、今後はこれをもっと持続可能な方法に置き換える必要があると言う事にも中国政府がようやく気付く様になりました。
今後の中国政府の土地権改革に期待したいですね。まとめ
中国農村部と都市部での不動産に関する財産権の違いと、それによってどれだけの富・収入の差が発生していたのかを見てきました。 1998年~2003年の住宅民営化計画でこの財産権の違いが非常に顕著でした。都市家族は安値で国有住宅を買い、数年後に高い市場価格でそれらを転売する事で莫大な利益を得る事ができたのです。一方の農村の農夫達は1990年から2010年の間、不当に安い価格で自分達の土地を地方政府に買い上げられてきました。
農村と都市におけるこの正反対とも言える財産権の在り方の違いを、中国の学者達や中国政府も徐々に認識する様になってきています。
単に安値で農地を買い上げ、高値で不動産開発業者に売る、という地方政府の資金の得方には持続可能性がない事に気付き始めたのです。