はじめに
中国では農村からの移住労働者は戸籍制度による経済的・社会的な障壁(バリア)のせいでどうしても大都市の環境のよい住居には住む事ができません。 今回はこの国の戸籍制度が都市部にもたらした社会階級の固定化や根強く残る移住労働者の大都市への厳しい流入制限、またそうした状況が現在どのように改善されようとしているのかを見て行きます。
大都市に跳ね除けられた移住労働者達の小都市への流れ
単に移動に関して言えば、改革開放以降、中国の戸籍制度は農村からの移住労働者への規制を随分と緩和してきました。今では移住労働者達は、彼らに適した仕事がある所へなら何処へでも自由に行ける様になったのです。しかし実際に都市に住むと言う事になると、まだ戸籍制度が大きな障壁となります。どういう事か説明しましょう。 まず彼ら移住労働者が経済的な活気に満ち、高賃金で良質な仕事に溢れる憧れの都市に住もうとすれば、都市戸籍を持たない彼らには高額な経済的出費が課されるので、彼らはそうした経済の中核的な地域にはとても住む事はできず、結果その周りの小さな都市に住む事にならざるを得ないのです。さらに、都市部では正規の住居、公立の学校、病院などの社会サービスはあくまでも都市戸籍を持つ人達専用であり、移住労働者達の家族は基本的にそれらを利用する権利を持ちません。つまり彼らが都市部に住む事は二重に困難になるのです。
この様に中国の大都市は移住労働者を戸籍制度という巨大な経済的・社会的バリアで周辺の小都市に跳ね除けて来た訳です。北京や上海もこうした大都市の一種ですが、これらの代表的都市は戸籍制度以外の面でも彼ら移住労働者に対する政策が特に厳しいと言われています。
一方で小規模都市では移住者に対する制限措置も比較的緩いのです。何故なら小規模都市では住宅やインフラなどの建設業が盛んなので、その為に必要な労働者の需要があるからです。だから結果的にはこうした小さな都市へ移住労働者が流れ込む様になるのです。しかし建設の熱が一度冷めれば、彼らの生産性はもはやそれ以上高まる事がないので、長期的に見て移住労働者達の生活水準が大きく改善する事は見込めないのが実態なのです。
戸籍制度による社会的地位の固定
中国の戸籍制度はまた社会的流動性、つまり移住労働者達が社会的地位を向上させる事に対しても重大な障壁となっています。例えば彼らはいくら働いても都市戸籍を持つ正規の都市居住者の賃金の60%しか稼ぐ事が出来ません。制度でそう決まっているのです。その結果として、移住労働者の子供の世代も親の世代と同様に比較的に貧しくなり、相変わらずよりよい住居や生活環境に手を伸ばす事ができないのです。そこには当然そうした移住労働者の家系に対する都市社会からの差別もあります。 この様に中国の戸籍制度は乏しい家系がずっと乏しくなってしまう仕組みそのものなのです。こうした中国都市部の状況は、田舎からの移住者があっという間に長年の都市居住者と区別出来なくなってしまう韓国の様な国とは対称的と言えます。戸籍制度の改革の現状
こうした厳しい現状がある一方で、中国の中央政府は移住者へのこうした制限的な戸籍制度を過去15年間で極めて慎重に改善しようとしてきました。目立った動きもあったのです。 例えば2001年には小さな都市や町が移住者に対して都市戸籍を与える事を国が奨励しました。また2006年には中国国務院が都市への移住者に独断的に課金する事を廃止する事を決めました。さらに2011年には戸籍制度の緩和を目標とした国の指針を発表しました。2014年にはその指針を実行に移す為の準備も行われたのです。
こうした戸籍制度の改革に関する政策の発表はゆっくりと徐行で行われてきました。目に見える進歩と言うのが非常に緩慢だったのです。中国の農村は人口規模がとてつもなく大きいですから、国が移住制限の緩和に慎重になるのは自然な事なのかもしれませんね。
しかしそれでも中央政府は都市に住む移住労働者達も都市居住者と同等に社会サービスを利用できるようにする方法を着実に検討しています。そしてその際にそれらの都市の財政をひっ迫させない事、また移住労働者達が沿岸部の少数の経済力豊かな大都市に集中的に群がるのではなく、むしろ小規模都市も含めた国中のあらゆる規模の都市に均等に流れ込む事を確実にする事を課題として定めています。
もしこの計画が実現すればそれは素晴らしい事ですが、明確な解決策を出すのはなかなか困難なようです。何故なら小さな都市というのはそもそも財政的に恵まれていないので、そこへ流れ込んだ労働者達全てに平等に住居などの社会サービスを提供すると言うのは現実的に難しいからです。中国の政策立案者はきっと市場原理に任せて大都市へ移住労働者を集中させる事と共産主義国家の最高レベルで彼らの流れを統制しようとする事のどちらにも重点を置く事ができず、その間で激しく葛藤している事でしょう。
まとめ
戸籍制度による移動管理が比較的緩和された現在でも、農村からの移住労働者達が大都市に拒まれ、実際には経済成長の見込みの低い小都市に流れ込む様子を見てきました。そして戸籍制度による世代を通じての社会的地位の固定化が問題となっている事にも触れました。
こうした問題を是正すべく、中央政府も社会サービスの平等化を進める方針を打ち出しています。しかしこれを実施するには、小規模都市の財政面など、まだ様々な問題を克服する必要がありそうです。