2020年7月11日土曜日

中国の都市化の規模とスピード





はじめに

 この項では中国の都市化、つまり農村から都市への人口移動と都市開発、が如何に大規模で急速なものだったかをアメリカ合衆国など他国の場合との比較を交えながら解説します。
改革開放と都市化

 農村から都市への大規模な人口移動(移住)は、工業化が進む国において必ず起こる現象です。東アジアの一国である私達の国、日本もかつてそうでした。 都市部で工業化が興ると、 よりよい職業、教育、住居、安心を得たい、そして 移動や通勤にかかる時間や費用を減らしたい、という思いで皆が都市部に移動するんですね。 中国ももちろんこの例外ではありませんが、注目したいのは、中国の場合この人口移動現象が他の国に比べてより早くかつ大規模に起きたという事です。
 中国では 改革開放時代直前の1978年には、全人口の18%しか都市部に住んでいませんでした。そしてこの数字は工業化が始まった1950年代からほとんど変わっていませんでした。これは、当時中国に移動に関する厳格なパスポート制度があり、地方から都市部への人口流入が厳しく制限されていた事が大きな原因です。ちなみにこの移動制限制度は今でも中国に根強く残っています。また、1965年から1975年にかけての文化大革命における上山下郷運動、つまり都市部の若者(主に学生)に 農村部へ行きそこで働く労働者から様々な思想を学ぶ事を勧める運動、 もこうした農村部中心の人口形成の一因でした(1962年から1978年の間に1800万人もの都市部の若者が農村部に移り住みました。)。
 しかし、1978年から35年後の2013年には都市部の人口は全体の54%にも達しました。もちろん1978年末からの開放改革政策がこうした変化の大きな要因でした。この政策以降、海外直接投資の流入により都市部で膨大な数の雇用が生み出されたのです。そしてそうした新たな職を求めて農村から都市部へ大量の労働者が流れ込む事になります。その結果、2020年現在では都市部人口率は61.4%にも達します。

アメリカの都市化との比較

 前項で中国の都市人口占有率が35年間で18%から54%に膨らんだ事を述べました。ではこの都市化がどれほど急激なものだったかを、アメリカ合衆国の場合と比較する事によって把握してみましょう。アメリカにも急激な都市化の歴史はありました。具体的には、アメリカで1860年から1930年までの70年間で都市部人口率が20%から56%に膨らんだのです。
 これらの比較から分かるのは、中国はあの超大国アメリカのおよそ2倍の速さで都市化が進んだという事です。改革開放以降の中国の経済発展がどれだけパワフルだったのかが何となく分かりますね。
 また中国の場合、こうした都市化の早さだけでなく移動人口の規模も凄まじいのです。1978年から2013年の間に、都市部の人口は1億7,200万人から7億3,100万人に増加しました。つまり5億5,900万人の増加です。移動人口だけで当時のアメリカ全人口の2倍の規模という事です。それに比べて先述のアメリカにおける都市化によって都市部で増えたのは6,300万人程でした。同じ都市化でも人口の絶対数で見ると中国とアメリカでは桁が一つ違うんですね。

絶対数で見る中国の都市化の規模

 中国におけるこの大移動現象に規模の面で唯一匹敵するのは同様に巨大な人口を抱える隣国の新興国インドにおける移動現象です。インドの都市部では1978年から2013年の間に2億5,200万人の人口増加がありました。やはり人口の母数が大きい国は都市化による人口移動も大規模になると言う事でしょうか。
 ところで中国都市部における35年間に5億5,900万人の人口増加と言う、このとてつもない数字は具体的にはどんな規模なのでしょうか? 都市建設の視点でイメージしてみましょう。都市部で35年間に5億5,900万人、つまり平均して年間1,600万人の増加人口を全て都市内に収容し、その上で効率的に経済を回す為には、ニューヨーク大都市圏(人口約840万人)とボストン大都市圏(人口約830万人)を併せた規模の新たな都市を、35年間毎年作り続けなければなりません。一言で言えば毎年、巨大なメガシティ(都市圏人口が1,000万人以上の都市部)を一つ建設すると言ったイメージでしょうか。実際に、中国では2010年までにメガシティが15も出来ました。ちなみにこれらの内、最も大きい都市は規模の大きな順に重慶、上海、北京、成都、ハルビンなどです。ただしこの内重慶は、人口こそ2,900万人と中国の都市で最も多いのですが、その大半は実際には重慶の農村地帯に住んでいる為、建物など都市自体の規模はそれほど大きくは無いと言われています。

旧ソビエト連邦、韓国など他国の都市化との比較

 前項で見てきたように、絶対数(移動人口数)で見れば、もちろん中国の都市成長の規模はあのインドを含めて考えても比類がありません。 ただ、絶対数ではなく比率(都市部人口占有率)で見るならば、それはペースこそ速くはありますが、全く前例の無いものでもありません。 1978年から2013年における中国都市部人口占有率の36%の増加はそれと同時期の他の発展途上国の平均増加率のおよそ2倍に相当します。中国は当時の発展途上国の中でも例外的に目覚ましい都市成長を遂げた訳です。
 しかし、ここで発展途上国という枠を超えて視野を広げてみれば、中国と同じ早さで都市化を経験した(大半が地方に住む状態から大多数が都市部に住む状態に遷移した)国は他にもいくつかあります。例えば旧ソビエト連邦は1922年の建国後の最初の30年間に、1978年以降の中国と同じくらいの速さで都市化が進みました。
 ちなみに旧ソ連では1932年頃から人口移動管理が行われており、国の産業化を計画的に促進するためにモスクワ、レニングラード(当時)、キエフ、ミンスクと言った大都市を中心に居住許可制度並びに移動に関するパスポート制度が導入されていました。こうした移住制限は同じく共産圏である中国においても同様に行われていました。
 他の急激な都市化の例として韓国があります。中国やソ連に比べて随分小さい国である韓国も、1955年から1990年の35年間に 都市人口率が約25%からおよそ75%に膨らみました。ただ、絶対数で見るならば、これによる都市部の人口増加は2,600万人ほどであり、中国がたった2年間に経験する都市部の人口増加にすら満たないものです。
 このように都市部における天文学的な人口増加とそれに伴う超大規模な都市建設が起きたにも関わらず、中国と同規模の経済力を持つ他の国に比べると、中国の都市化はまだ未熟な状態と言われています。確かに日本の都市人口率92.5%と比べると、中国にはまだまだ発展の余地があると言う事かもしれません。
まとめ

 どうだったでしょうか。具体的な数字とイメージで中国における都市化の激しさを見てきました。人類史上最大規模の国内人口移動が20世紀後半から中国で起こった訳です。ここでのポイントはこの現象が1979年の鄧小平による改革開放以降本格的に起きた事ですね。この大規模な人口移動に際し、具体的にどのような産業が都市部で起きていたのかについてはまた次回解説しようと思います。







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