2020年7月21日火曜日

中国の都市化の実態:部分的な都市化の問題




はじめに

 以前、中国の都市人口が改革開放(1978年末)以降如何に急速に増加してきたかについて見ました。中国都市部における1978年からの35年間での5億5,900万人の人口増加というのは確かに他の国において前例が無い規模のものです。
 しかしこれだけの数の人口が高層ビルやマンションが林立するような所謂都市部で本当に増加したのでしょうか?
 この記事では単なる数字の大きさに踊らされずに中国の都市化が実際にどんな問題を抱えているのかを見て行きます。テーマは中国における”部分的な都市化”です。

行政区画によって生まれる”仮の都市人口”

 まず注意しなければならないのは、”都市に住む人間”と言った時に、単純に何処までを”都市”と呼ぶかでそうであるか否かが決まってしまうという事です。実際に中国では、都市の範囲を決める境界線、即ち行政区画が拡大し続けています。こうして境界が広がるにつれ、もちろん農村のかなりの部分が”都市”に飲み込まれてしまうのです。世界銀行の調査によると、2000年から2010年の間では、こうした”農村の飲み込み効果”が都市人口増加の42%もに寄与しているという事です。そして43%が移住による増加、残り15%が自然増加という事です。
 つまり実際には農村の住民なのにそのエリアが都市の行政区画に含まれてしまうが為に都市人口として勘定されてしまっているケースが中国では結構顕著な訳です。
 この極端な例として四川省の重慶と言う市政機関があります。重慶は人口2,900万人です。この数字だけ見れば重慶を中国最大のメガロポリスと呼んでもいいでしょう。しかし実際にはそんなことはありません。何故なら重慶の人口の70%は実際には農村部の人口だからです。そしてこの都市の中核部分に住んでいるのは700万人程でしかないのです。つまり重慶に住む2,200万人はまだ”仮の都市人口”という事です。

中国の真の大都市(メガロポリス)はどこか

 まだ発展間もない中国の都市部には重慶の様に農村地帯がかなりの割合で含まれている場合もしばしばあることを見てきました。
 では中国の本当の意味でのメガロポリスとはどこなのでしょうか?それはご存知、上海です。上海の都市部人口は2,200万人であり、これは中国の都市の中でも最大の規模です。また、複数の都市が林立する特別な地域として広東省の珠江(しゅこう)デルタがあります。この都市圏の人口は現在では日本の東京大都市圏の人口を遥かに上回っており、およそ6,300万人にも及びます。珠江デルタはあの香港や深圳(しんせん)、マカオを含み、今では東京を超え世界最大の都市圏です。

衛星都市の存在

 学説によると、発表されている中国の都市人口自体には間違いは無いのですが、その分布の仕方は実際には主要都市の周りにかなり分散しているそうです。中国では北京や上海の様な大都市の周りに点在する衛星都市が数多く見られます。そしてこの衛星都市にかなりの人口が住んでいるのです。
 発展の目覚ましい中核的な大都市に住める人というのは、中国ではまだそれほど多くはなく、多くの人はそこから幾らか離れた衛星都市に住んでいるのが実態という事ですね。

都市住民の生活水準格差

 中国でしばしば一見華やかな都市化の暗部とされているのは、都市生活者達の生活水準が人によって大きく異なるという事です。そしてこの事は真の”部分的な都市化”としてしばしば問題視されています。
 豊かな人々は良いアパートに住み、公立学校、医療、年金制度などをフル活用して生活しています。その一方で恵まれない生活をしている人々も都市には多く存在します。彼らは同じく都市に住み、そこで働いていますが、こうした社会サービスを利用する権利が与えられておらず、大抵台所もトイレもない劣悪な住居に住んでいます。そしてこうした恵まれない人々が中国の都市人口のおよそ40%近くを占めており、これは数で言えば2億6,000万人にも相当します。

まとめ

 中国国内でしばしば”部分的にしか都市化されていない”と言われる中国の都市化の問題を見てきました。
 高層ビルの立ち並ぶ華やかな大都会には”都市人口”として公式に発表されている数字ほどの人口はまだ実際には居住していない事が分かりました。代わりに大都市の周りに点在する衛星都市に人口のかなりの割合が居住していました。
 そしてさらに都市に住む人々の間に存在する生活水準の格差もあることが分かりました。







0 件のコメント:

コメントを投稿

はじめに 1.古い旅客鉄道網の閉鎖 2.儲かる路線と儲からない路線 3.高速旅客鉄道建設に渦巻く汚職 4.中国のインフラ建設汚職は如何にして防ぐ事が出来たか まとめ はじめに  中国のインフラ建設はアジア通貨危機が起きた1997年以降、加速度的に進められてきました。金融危機に対す...