はじめに
1990年代終盤に、中国は住宅市場の民営化を行います。これによってそれまで厳格な政府の管理下にあった都市住民の住居を今度は各家庭が個人的に所有する事が出来るようになります。そしてそうした住居には、ただそこに住むだけではなく資産としての利用価値もあったのです。
今回はこの都市部における住宅制度の一大改革がどの様なものだったのか、そしてそれによって市民がどの様に豊かになっていったのかを見て行きます。
都市住宅の”内部価格”での提供
1998年に首相に就任した朱鎔基(しゅようき)は前年に発表されていた国有企業改革計画を遂行します。この計画の下で、中国の国有企業と政府の労働単位は、それらがそれまで管理していた都市部の住居を開放し、市場価格からの大幅な値引き価格、即ち”内部価格”でそれを居住者に売り払いました。つまり、それまで国に安い賃料を払ってアパートに住まわされていた都市部の家庭が今度は格安でそれを購入し、自分の不動産にする事が出来る様になったのです。
当時はまだ都市部の住宅や土地の実物市場などありませんでしたから、この値引きと言うのがどれだけ大きなものだったのかは明確ではないのですが、都市部の家庭が住宅を購入する際にこうした内部価格により金銭面で非常に優遇されていた事は確かなのです。
住宅購入の為の助成金と抵当金
こうした優遇措置があっても、当時の多くの家族にとっては自分達のアパートを購入すると言うのはまだまだ経済的に困難でした。そこで中国政府はそうした家庭が政府や雇用主から助成金を受給したり、または非常に優遇された比率で抵当金を受取る事が出来るようにして、住宅の新規購入を促したのです。
都市部の家庭に対して値引きと助成金の二重の優遇措置があったわけですね。
ただし、その見返りとして購入者の家庭は基本的に最低5年間はその住宅に住まなければならず、その期間中に住んでいるアパートを売却する事は許可されませんでした。
これと似た現象が過去にイギリスでも起きています。1980年代初期に当時のマーガレット・サッチャー首相がイギリスの国有住宅の民営化を行ったのです。自由主義圏であるイギリスにもかつては国有住宅があったんですね。ただし、中国の場合の民営化はこれよりも規模が随分と大きかったという事です。
イギリスの住宅民営化との比較
これと似た現象が過去にイギリスでも起きています。1980年代初期に当時のマーガレット・サッチャー首相がイギリスの国有住宅の民営化を行ったのです。自由主義圏であるイギリスにもかつては国有住宅があったんですね。ただし、中国の場合の民営化はこれよりも規模が随分と大きかったという事です。
国から市民への富の譲渡は如何に起こったか
歴史を見渡しても、中国における住宅民営化ほど大規模な国から市民への富の譲渡はなかなか見当たらないと言われています。個人が自由に住宅を売買できるようになってから、本来国家のものになる筈の財産がそれまで堅苦しい生活をしていた都市部の市民の手に次々に渡っていったのです。ではどの様にしてこの富の譲渡が可能になったかを見ていきましょう。
まず都市部の家庭は先述の方法で本来なら高価で手が届かない不動産を市場価格よりも遥かに安い値段で購入出来る様になります。そして彼らは定められた期間(およそ5年間)その住宅に住んだ後、市場原理によって以前よりも価値が増したその不動産を売り払い、大きな利益を得ることが出来たのです。
つまり住居を国が管理していた時代なら国が受取るはずだったこの購入時の低価格と売却時の高価格の差額がまるまる一般家庭の手に渡ったのです。国家が市場価格を利用して利益を得ることをせず、住宅の自由市場に市民を積極的に参加させる事で彼らを豊かにしていったという事ですね。
こうして住宅民営化は市民を徐々に豊かにし、この事がその後10年間の空前の住宅ブームの基礎を築いたのです。
それまでは堅苦しい生活を強制されていた中国都市部の市民ですが、1990年代終盤からは彼らの住宅事情と豊かさに対して中国政府からの過剰と言えるほどの配慮があったという事です。
まとめ
中国の都市部世帯の住宅購入が国によってどれ程支援されていたか、そしてその結果、どれ程大きな富が国から市民へ譲渡されたかを見てきました。こうして豊かになった都市市民が中国における史上空前の住宅ブームに参入していく事になります。

