2020年9月8日火曜日

1990年代の中国の改革指導者達




はじめに

 中国の1980年代は農村経済を改革する時代でした。そしてその意図通りに、農村は豊かになっていきました。ところがこの時期、都市部では物価の上昇、学生の就職難、そして政府役人達の汚職などが蔓延し、これらに対する市民の不満が鬱積していました。そうした不満や怒りが爆発した結果、1989年初夏に政府軍と抗議デモ集団が天安門広場周辺で衝突した有名な天安門事件が起きます。  
 そこでこの事件以降の1990年代、中国共産党指導者達は都市部の不満を無くす方向に改革を推し進めていく事を決めるようになります。そしてこの間、農村経済は停滞する事になるのです。 
 今回は都市重点型の改革が行われた1990年代の中国の指導者達とその経歴にスポットを当てて都市改革初期の様子を見て行きます。

1990年代の都市重点改革と1980年代の農村改革の違い

 1990年代に入り、都市重点型に中国経済が改革されたとは言っても、それはあからさまで意図的な都市のひいきが行われたと言う訳ではありませんでした。
 一方の1978年から1980年までの農村改革では、中国共産党が農産物価格を引き上げたり、人民公社を解体して個人農業を始めることを奨励したりと、かなり手厚い処遇が行われていました。
 その為、単純にこれら二つの改革時代を同質のものとみなす事はできないのです。実際に、1990年代に入って、農村収入に比べて都市収入を上昇させる為の動きが宣伝される様な形で明白に見られることはありませんでした。

党指導者達が1989年から学んだ教訓

 しかし、多数の犠牲者が出た1989年初夏の天安門事件を経験した中国共産党指導者達が、自分達の権力掌握にとっての最も大きな脅威が地方ではなく都市からやってくると言う事を痛感した事は事実です。
 つまり、都市部の不満を暴発させない為にも、都市を豊かにし、都市世帯の人々の生活水準を上げなければならないと言う事を教訓として彼らは学んだのです。そしてこうした考えは、主に都市での活躍を経歴として持つ政治指導者達によって具体化されて行きました。

経歴で見る1980年代の改革者と1990年代の改革者の違い

 1980年代の農村改革を指導した重要人物は万里(ばんり)と趙紫陽(ちょうしよう)の二人です。この内、趙紫陽は1980年から1987年まで首相を務め、1987年から1989年まで中国共産党中央委員会総書記でした。彼らは初期の政治経験を主に地方で積み、農村の貧困問題などに取組んでいました。具体的には農村が非効率的農業から脱却する為に人民公社を解体し、農地を農夫へ返還する事を強引に推し進め、また農産物価格の引き上げなどを行いました。しかし趙紫陽は1989年の天安門事件で失脚してしまいます。おそらくこの事件の原因の一つが1980年代に彼らが行った農村重点的な政策だったからでしょう。  
 一方で1990年代の都市重点改革の主要な指導者は国家主席となった江沢民(こうたくみん)とそれを補佐した朱鎔基(しゅようき)でした。この内、朱鎔基は1993年から1997年に副首相兼財務長官、そしてその後は2003年まで首相を務めました。彼ら二人はそれ以前は共に大都市である上海の指導者であり、主に都市部の問題に取組んでいました。特に江沢民は1985年から上海市長を勤めた都市部での実力者でした。  
 これらの事からも、1980年代の指導者と1990年代の指導者の経歴の違いが分かります。一方は地方で、もう一方は都市での政治経験が主だったのです。

地方の景気停滞と都市部の改革の加速

 こうした指導者の経歴の違いが1990年以降、地方と都市との経済的格差を広げていく事になります。実際に1990年代を通じて地方は相対的に景気が停滞する事になります。
 一方の都市は急速に改革が進み、中国の経済成長がこれによって本格的に加速する事になります。これに伴って地方から都市への人口流入も1980年代に比べて大きく増加する事になるのです。それは1990年代に入って都市が本格的に豊かになり、都市での雇用が増加したからです。

まとめ

 天安門事件の前の1980年代とその後の1990年代で、中国共産党の指導者とその経歴が農村重点型から都市重点型へがらりとかわり、これによって農村改革から都市重点改革へ政府の方針が引き戻されていく事になります。1980年代には効率的農業による農業生産高の向上や郷鎮企業の出現などによって経済的に豊かになった地方、農村でしたが、それが1990年代に入って再び停滞する事になるのです。その代わりに、中国は欧米や日本のような先進国に経済的に追いつくべく本気になって都市部を改革する事になったのです。






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