はじめに
1978年末の改革開放が始まって暫く経った1980年代はじめ、中国各地の農村では人民公社が解体され、代わりに地方の農村経済を活性化することを目的とした郷鎮企業と呼ばれる小規模企業が出現する様になります。これによってそれまで農業だけを生業としていた農村部の人々が企業に参加する様になり、ますます豊かになっていきます。
今回は1980年代以降この郷鎮企業がどの様にして成功して行ったかを見て行きます。
郷鎮企業と国有企業の違い
まず郷鎮企業の体質について説明しましょう。郷鎮企業は中国で主流の所謂国有企業ではありませんでした。国有企業というのは中央政府や州政府、また都市政府が所有する企業のことです。この”所有”というのがどの様にして可能だったかと言うと、1990年代まではこれら政府が国有企業に優先的に投資する事で企業の経営方針などの主導権を握り、その結果得られる収益も国家のものにする事で実現されていました。まだ経営方法が株式という形ではなかったという事ですね。そして2003年からは政府が公の株式所有機関を通じてそれら国有企業をコントロールするようになりました。
一方の郷鎮企業はこうした政府による制約からは自由だったのです。それらを経営していたのは国家や国家経済の主な担い手である都市ではなく、あくまで農村の行政区画や比較的豊かな農夫達だったのです。実際に郷鎮企業の株式所有者と言うのは地方政府や私人でした。
次に郷鎮企業が改革開放から間もない1980年代に成功した理由を説明しましょう。
郷鎮企業が成功した理由その1
次に郷鎮企業が改革開放から間もない1980年代に成功した理由を説明しましょう。
まず、1980年代になってから、中国農村部では農業生産高が急激に上昇する事によって豊かな農夫が数多く生まれる様になりました。そしてこうした農夫世帯からの彼らの農業や生活を担う為の様々な商品に対する需要が高まります。そしてそうした商品を製造する工場に必要な労働力も豊かになった農夫世帯の余剰労働力から豊富に採る事ができました。こうして需要と供給がうまくバランスする事で郷鎮企業の製造業が活性化して行ったのです。
郷鎮企業の成功にはもう一つ理由があります。それは地方政府による保護を受けてこれらを起業する事が出来る仕組みを導入した事です。こうする事で企業の立ち上げやその後の運営に必要な資本金を比較的容易に手に入れることが出来たのです。
郷鎮企業が成功した理由その2
郷鎮企業の成功にはもう一つ理由があります。それは地方政府による保護を受けてこれらを起業する事が出来る仕組みを導入した事です。こうする事で企業の立ち上げやその後の運営に必要な資本金を比較的容易に手に入れることが出来たのです。
一方、中国以外の共産主義終焉後の変遷期の国では、小規模企業はこうした保護の仕組みが無かった為、資本の入手が極めて困難で、この制約下では起業してもその後うまく成長する事ができませんでした。この点で中国はポスト共産主義経済の例外と言えるのです。
郷鎮企業のこうした成功が実際にどの様なものだったかを数字で見てみましょう。1985年には郷鎮企業における雇用は4,000万人に達していました。そしてその他の農村企業も含めるとその雇用数は当時7,000万人にも及びました。その10年後の1995年には、中国の労働力の18%が農村企業に属しており、この農村企業がGDPの1/4を生産していたのです。
まず郷鎮企業が国有企業ではないことをその株式の保有方法から確認しました。
数字で見る郷鎮企業
郷鎮企業のこうした成功が実際にどの様なものだったかを数字で見てみましょう。1985年には郷鎮企業における雇用は4,000万人に達していました。そしてその他の農村企業も含めるとその雇用数は当時7,000万人にも及びました。その10年後の1995年には、中国の労働力の18%が農村企業に属しており、この農村企業がGDPの1/4を生産していたのです。
まとめ
まず郷鎮企業が国有企業ではないことをその株式の保有方法から確認しました。
そして改革開放以降、豊かになった農夫達からの需要と余剰労働力の供給が郷鎮企業の成功を可能にした事を見ていきました。またポスト共産主義経済としては珍しく、郷鎮企業には地方政府からの資本援助もあり、起業が促進され、うまく成長する事がでた事も確認しました。
さらに郷鎮企業を含めた農村企業が如何に中国経済の発展に貢献してきたかがデータから分かりました。


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